2018年度 卒業生のこれから④

日本体育大学 トライアンファントライオン
第60期

小林 優之Masayuki KOBAYASHI #11
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 佼成学園高校出身

<日体大へ進学した理由>
高校時代からフットボールに取り組んでいた小林は、大学でも日本一を目指せる環境を求めていた。しかし第一希望の大学に入学することは叶わなかった。選べる大学が限られている中、日体大から誘いをもらった。両親と恩師が日体大卒という繋がりに縁を感じ、日体大への進学を決めた。
入学してから小林は個人的な目標を掲げた。それは「打倒早稲田」だった。大学1年目のシーズン、日体大と早稲田の両大学から1年生同士が出場する試合が行われた。結果は日体大の勝利。自身の目標を達成することができた。
「フットボール未経験者の同期たちに、アメリカンフットボールが面白いと感じてもらうことができた。試合は一人では勝てない。彼らを巻き込んで勝ちたいと思っていた。」
自身の目標達成と共に、周囲を巻き込んで結果を出す重要性を、小林はこの時に学んだ。

<司令塔として>
小林は、学年関係なく試合に出場したいと強く感じていた。2年生からスターティングメンバーのQB(※1)として出場した。フットボール経験者が多いチームではないため、どうしたら初心者が理解してくれるかに焦点を当てた。複雑になりすぎず、それでいて単純ではない戦略を考えてプレーを増やしたり、減らしたり、思考錯誤しながらオフェンスを組み立てた。4年次には、過去の経験から自分がプレーしやすいオフェンスを作るため、オフェンスコーディネーター(※2)と対話を繰り返してプレーを絞って行った。

初心者中心ではあるが、チームメイトには運動能力が高く、活躍を期待されていたWR、RB(※1)がいた。この頃から彼らには自分の要求を伝えて、その実現を求めた。確実な正解が分からない中で、「自らが思う正解」を示して短期間での習得を求めた。持ち前の吸収力の高さから、チームメイトは小林の要求にすぐさま応える。その繰り返しで自分たちのオフェンスを研ぎ澄ましていった。

小林は、自分の思いを言葉で発することは得意ではなかった。考えを否定されたらどうしようという不安があったのかもしれない。しかしオフェンスコーデイーネーターには自分の本心を話していた。3年生になった時「その思いをみんなに伝えないのはもったいない」と背中を押され、少しずつ自分の思いを発信するようになる。すると、意外にもみんな自分の話を聞いてくれた。自身が付いていくのを感じていた。それからは思っていることがあっても言わない自分が気持ち悪くなる。自分から発信するために、言葉を選んだ。チームを客観視し、今このチームに必要なこと、足りないことを自分の言葉で補おうとした。発信するのであれば、みんなに響く言葉であるように、意味のある言葉であるように、みんなに求められる言葉を探し、選んだ。
(※1:QB、WR、RB…クウォーターバック、ワイドレシーバー、ランニングバック。QBはオフェンスの司令塔。WRにパスを投げたり、RBにボールを渡して走ってもらいゲームを組み立てる。)
(※2:オフェンスコーディネーター…攻・守・蹴の攻をマネジメントするコーチ。)

<リーダーになる>
4年生になりオフェンスリーダーを務める。リーダーとしてまず「自分が一番勝ちたいと思っている」という姿勢を示し続ける事を決めて日々の練習に取り組んだ。
勝った負けたで一喜一憂するのではなく、日本一という目標の下に感情を服従させた。それは想像していたものより辛い事だった。本当は勝利したり、いいプレーをしたら喜びたい。しかし、日本一になるにはそれも通過点に過ぎない。本当に喜ぶのは日本一になった時。そう決めていた。そうすることで常に客観的に周りを見るようになった。ミスした選手、落ち込んでいる選手に声をかけられるようになる。自分がミスをしても引きずらず、次の1PLAYに気持ちを向ける。リーダーとして必要な資質を少しずつ身につけていった。
しかしリーグ戦は0勝だった。勝敗はQBが全て。勝てなかったのはQBの責任。だが、その過程を振り返ると決してネガティブなことばかりではない。「パスで勝ちたい。」自分の意思をみんなも分かってくれていた。上手くいかない時もOL(※3)が「パスで頼むよ!」と言ってくれた。パスが決まり始めると、オフェンスのテンポが良くなった。ランが少なくてもみんなが理解してくれていた。だから周りを信じて、安心してプレーできた。充実感、満足感を感じていた。そういった周りからのフォローがあった分、自分の責任で勝てなかったことに悔いが残る。この日体大でひとつのオフェンスを作り上げていく過程で学ぶことは多かった。
小林が入学してから、初めて上位校に勝つことができた。春の定期戦で初めて関学にも勝てた。その中心には必ず小林がいた。体が小さく、自分で何とかしなければならないと走り回っていたQBは4年間かけて創った「自分のオフェンス」を形にした。彼はリーダーとして成長し、フォローしてくれて信頼できる仲間がいる。今、1年次に見た景色とは全く別世界が広がっている。
今後は、コーチとしてOBとして日体大アメフト部に関わりつつ、社会人の強豪チームでプレーをする。U19日本代表でQBのスタメン争いにワクワクした。社会人でもそんな環境を選んだ。そしていつかその競争に勝ち、BOWL GAMEで勝つQBになる。
(※3:OL…オフェンスライン。ランプレーではRBの道をこじ開けて、パスプレーの時は体を張ってQBを守る。OLがいないとゲームが成り立たない重要ポジション。)

<後輩へ>
他の大学の同じポジションの選手を意識して欲しい。上位校の選手より自分が上手くなるために、そしてモチベーションをあげるためにも外に出ることはとても大事。トモダチボウル、鴎道場、東京ガスのクリニック、そこで得た刺激がモチベーション。日体大の殻に閉じこもらず、視野を広く持って外に出て欲しい。

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2018年度 卒業生のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
第60期

森谷 和樹Kazuki MORIYA #6
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 清水国際高校出身

〈受け入れるということ〉
<Playerとしての成長>
森谷が2年生の時、当時同じポジションの先輩が怪我したこともあり、試合への出場機会を得た。その上級生が自分と同じ視点で細かな指導をしてくれた。その様子を見て、自分を必要としてくれていることが分かった。森谷自身もその期待に応えようと必死だった。
「今振り返ると、一番プレーヤーとして成長した時期だった。」
レギュラーメンバーとして、秋のリーグ戦に出場して活躍する。やるべきことは明確だった。
リーグ戦が始まる前に、その上級生が復帰した。だが森谷は、自分の方が良いプレーができる、チームに貢献できる、ということをアピールするので必死になっていた。しかしその先輩も自分を受け入れてくれて、さらに細かな指導をしてくれた。この上級生がいてくれたおかげで、森谷はのびのびとプレーすることができた。自分が選手として成長するのを感じた。

<リーダーとしての苦悩>
3年生のシーズンが終わり、次年度のチーム体制を考えるとき、チームの総意でディフェンスリーダーに推薦された。だが森谷には葛藤があった。
「3年生になってからは常にレギュラーメンバーとして試合に出場するようになり、自分が活躍できればいいという考えだった。生活態度や練習態度は見本になる存在ではないことは自覚していた。だからリーダーにはふさわしくはないと思っていた。」
しかし森谷は、入部時のことを思い出していた。強い日体大でプレーしたいという思いを持ってここに来た。これを断ったら男じゃないと思い直し、引き受けることにした。自分がチームを強くしようと。
当初は森谷が思い描いていたリーダー像は、自身が1年生の時の4年生主将、伊田(2016年3月卒)のようにプレーで、背中で引っ張るものだった。しかし森谷の怪我がそうはさせなかった。秋のリーグ戦2戦目で負傷し、最終戦までフィールドに立つことはできなかった。

<自分にできることは何なのか>
怪我を受け入れることができなかった。プレーすることでしか存在価値を示すことができなかった自分から、プレーを奪われた。自分の居場所を失った。実家に帰り、グランドとの距離を置いた。それでも母校の高校のグランドに足は向き、フットボールが自分から離れられない存在であることに気づく。そして自問自答する。なぜ日体大でフットボールをしようと思ったのか?
「高校時代の恩師の母校でもある日体大で、自分も高いレベルでプレーしたい。」
初心を思い出す。そして考える。
「今の自分にできることは何なのか」「リーダーとして自分にできることは何なのか」
ふと自分が2年生の時を思い出す。あの時、先輩たちが自分を受け入れてくれたから、自分は気兼ねなくプレーできた。今度はその環境を俺が作ればいい。
ミーティングでは下級生が発言しやすい場を作り、後輩に意見を求めた。自分が与えてもらった環境を、今度は自分が用意する立場になった。大きな変化はなかったかもしれないが、自分にできることはどんどん取り組んだ。
森谷が4年生の秋季リーグ戦。ディフェンスの支柱である森谷抜きで戦うことになる。しかし、後輩たちは伸び伸びプレーし、自身をフィールドで十分に表現していた。後輩の活躍が嬉しい半面、嫉妬した。自分はもうこのチームに必要ないのではないか、と。

<視点の変化>
「フットボールは個人競技ではない。自分がプレーできなくても、補い合い、支え合い、チームとして勝てば良い。普段の人間関係がフィールドに出る。仲間のミスを責めるのではなく、フォローする。誰かのために頑張ろうと思うこと。そういう面白さが団体スポーツの、そしてフットボールの楽しさだと思っている。」
リーダーになって気づいたことで、森谷の視野が広がった。
高校時代は毎日同じフィールドで同じ仲間と練習をしていた。しかし日体大に入学してからは、それよりも広い「人との関わり」が生まれた。合同練習や練習試合、交流戦で他大学や社会人とのネットワークが広がった。そこを通した新たな価値観との出会いから、自身の考え方の変化、他者を受け入れること、そして自分をどう表現するか、その術を体得していく。

「この4年間で、つらいこともあったが、そのおかげで人間として成長ができた。辛いことも受け入れられ、その中でも試行錯誤して前に進み、結果にはつながらなかったが自分ができることはやった。」
チームにとっては望ましくはない入替戦に、自身の大学最後となる出場機会を得た。困難を乗り越えたリーダーは、いつにも増して仲間の信頼を得て輝いていた。覚悟を感じた。卒業後は、社会人チームでプレーすると決めている。
「フットボールのおかげで今の自分がある。フットボールのおかげで自分自身が成長できた。もっとこの競技に恩返しをしたい。この競技がもっと知られて、もっとプレーする人が増えるために、自分にできることをしていきたい。」
この言葉が、彼の4年間の成長を物語っている。

森谷の視座が「自分」から「チーム」へ、そして「社会」へと上がって行く。いつかここに戻りフットボールの普及活動を一緒に行える日を、楽しみに待っている。

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