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2019年3月15日 卒業式

2019年3月15日、卒業式が執り行われました。

今年度は24名が卒業し、社会人として新たなフィールドに羽ばたきます。

・企業就職者16名
・教員関係4名
・留学、進学2名
・自営業2名

きっと彼等は、この4年間で学んだこと、手に入れたものを惜しみなく発揮してくれることでしょう。

4月に入学する新入生のあなた。
4年後に卒業するとき、どんな人間になっていたいですか?
将来をイメージできる人も、できない人も、新たな自分を作り上げませんか?
「挑戦」するあなたを、我々は待っています。

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2018年度 卒業生のこれから④

日本体育大学 トライアンファントライオン
第60期

小林 優之Masayuki KOBAYASHI #11
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 佼成学園高校出身

<日体大へ進学した理由>
高校時代からフットボールに取り組んでいた小林は、大学でも日本一を目指せる環境を求めていた。しかし第一希望の大学に入学することは叶わなかった。選べる大学が限られている中、日体大から誘いをもらった。両親と恩師が日体大卒という繋がりに縁を感じ、日体大への進学を決めた。
入学してから小林は個人的な目標を掲げた。それは「打倒早稲田」だった。大学1年目のシーズン、日体大と早稲田の両大学から1年生同士が出場する試合が行われた。結果は日体大の勝利。自身の目標を達成することができた。
「フットボール未経験者の同期たちに、アメリカンフットボールが面白いと感じてもらうことができた。試合は一人では勝てない。彼らを巻き込んで勝ちたいと思っていた。」
自身の目標達成と共に、周囲を巻き込んで結果を出す重要性を、小林はこの時に学んだ。

<司令塔として>
小林は、学年関係なく試合に出場したいと強く感じていた。2年生からスターティングメンバーのQB(※1)として出場した。フットボール経験者が多いチームではないため、どうしたら初心者が理解してくれるかに焦点を当てた。複雑になりすぎず、それでいて単純ではない戦略を考えてプレーを増やしたり、減らしたり、思考錯誤しながらオフェンスを組み立てた。4年次には、過去の経験から自分がプレーしやすいオフェンスを作るため、オフェンスコーディネーター(※2)と対話を繰り返してプレーを絞って行った。

初心者中心ではあるが、チームメイトには運動能力が高く、活躍を期待されていたWR、RB(※1)がいた。この頃から彼らには自分の要求を伝えて、その実現を求めた。確実な正解が分からない中で、「自らが思う正解」を示して短期間での習得を求めた。持ち前の吸収力の高さから、チームメイトは小林の要求にすぐさま応える。その繰り返しで自分たちのオフェンスを研ぎ澄ましていった。

小林は、自分の思いを言葉で発することは得意ではなかった。考えを否定されたらどうしようという不安があったのかもしれない。しかしオフェンスコーデイーネーターには自分の本心を話していた。3年生になった時「その思いをみんなに伝えないのはもったいない」と背中を押され、少しずつ自分の思いを発信するようになる。すると、意外にもみんな自分の話を聞いてくれた。自身が付いていくのを感じていた。それからは思っていることがあっても言わない自分が気持ち悪くなる。自分から発信するために、言葉を選んだ。チームを客観視し、今このチームに必要なこと、足りないことを自分の言葉で補おうとした。発信するのであれば、みんなに響く言葉であるように、意味のある言葉であるように、みんなに求められる言葉を探し、選んだ。
(※1:QB、WR、RB…クウォーターバック、ワイドレシーバー、ランニングバック。QBはオフェンスの司令塔。WRにパスを投げたり、RBにボールを渡して走ってもらいゲームを組み立てる。)
(※2:オフェンスコーディネーター…攻・守・蹴の攻をマネジメントするコーチ。)

<リーダーになる>
4年生になりオフェンスリーダーを務める。リーダーとしてまず「自分が一番勝ちたいと思っている」という姿勢を示し続ける事を決めて日々の練習に取り組んだ。
勝った負けたで一喜一憂するのではなく、日本一という目標の下に感情を服従させた。それは想像していたものより辛い事だった。本当は勝利したり、いいプレーをしたら喜びたい。しかし、日本一になるにはそれも通過点に過ぎない。本当に喜ぶのは日本一になった時。そう決めていた。そうすることで常に客観的に周りを見るようになった。ミスした選手、落ち込んでいる選手に声をかけられるようになる。自分がミスをしても引きずらず、次の1PLAYに気持ちを向ける。リーダーとして必要な資質を少しずつ身につけていった。
しかしリーグ戦は0勝だった。勝敗はQBが全て。勝てなかったのはQBの責任。だが、その過程を振り返ると決してネガティブなことばかりではない。「パスで勝ちたい。」自分の意思をみんなも分かってくれていた。上手くいかない時もOL(※3)が「パスで頼むよ!」と言ってくれた。パスが決まり始めると、オフェンスのテンポが良くなった。ランが少なくてもみんなが理解してくれていた。だから周りを信じて、安心してプレーできた。充実感、満足感を感じていた。そういった周りからのフォローがあった分、自分の責任で勝てなかったことに悔いが残る。この日体大でひとつのオフェンスを作り上げていく過程で学ぶことは多かった。
小林が入学してから、初めて上位校に勝つことができた。春の定期戦で初めて関学にも勝てた。その中心には必ず小林がいた。体が小さく、自分で何とかしなければならないと走り回っていたQBは4年間かけて創った「自分のオフェンス」を形にした。彼はリーダーとして成長し、フォローしてくれて信頼できる仲間がいる。今、1年次に見た景色とは全く別世界が広がっている。
今後は、コーチとしてOBとして日体大アメフト部に関わりつつ、社会人の強豪チームでプレーをする。U19日本代表でQBのスタメン争いにワクワクした。社会人でもそんな環境を選んだ。そしていつかその競争に勝ち、BOWL GAMEで勝つQBになる。
(※3:OL…オフェンスライン。ランプレーではRBの道をこじ開けて、パスプレーの時は体を張ってQBを守る。OLがいないとゲームが成り立たない重要ポジション。)

<後輩へ>
他の大学の同じポジションの選手を意識して欲しい。上位校の選手より自分が上手くなるために、そしてモチベーションをあげるためにも外に出ることはとても大事。トモダチボウル、鴎道場、東京ガスのクリニック、そこで得た刺激がモチベーション。日体大の殻に閉じこもらず、視野を広く持って外に出て欲しい。

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2018年度 卒業生のこれから③

日本体育大学 トライアンファントライオン
第60期

森谷 和樹Kazuki MORIYA #6
体育学部 体育学科 競技スポーツ領域 4年生 清水国際高校出身

〈受け入れるということ〉
<Playerとしての成長>
森谷が2年生の時、当時同じポジションの先輩が怪我したこともあり、試合への出場機会を得た。その上級生が自分と同じ視点で細かな指導をしてくれた。その様子を見て、自分を必要としてくれていることが分かった。森谷自身もその期待に応えようと必死だった。
「今振り返ると、一番プレーヤーとして成長した時期だった。」
レギュラーメンバーとして、秋のリーグ戦に出場して活躍する。やるべきことは明確だった。
リーグ戦が始まる前に、その上級生が復帰した。だが森谷は、自分の方が良いプレーができる、チームに貢献できる、ということをアピールするので必死になっていた。しかしその先輩も自分を受け入れてくれて、さらに細かな指導をしてくれた。この上級生がいてくれたおかげで、森谷はのびのびとプレーすることができた。自分が選手として成長するのを感じた。

<リーダーとしての苦悩>
3年生のシーズンが終わり、次年度のチーム体制を考えるとき、チームの総意でディフェンスリーダーに推薦された。だが森谷には葛藤があった。
「3年生になってからは常にレギュラーメンバーとして試合に出場するようになり、自分が活躍できればいいという考えだった。生活態度や練習態度は見本になる存在ではないことは自覚していた。だからリーダーにはふさわしくはないと思っていた。」
しかし森谷は、入部時のことを思い出していた。強い日体大でプレーしたいという思いを持ってここに来た。これを断ったら男じゃないと思い直し、引き受けることにした。自分がチームを強くしようと。
当初は森谷が思い描いていたリーダー像は、自身が1年生の時の4年生主将、伊田(2016年3月卒)のようにプレーで、背中で引っ張るものだった。しかし森谷の怪我がそうはさせなかった。秋のリーグ戦2戦目で負傷し、最終戦までフィールドに立つことはできなかった。

<自分にできることは何なのか>
怪我を受け入れることができなかった。プレーすることでしか存在価値を示すことができなかった自分から、プレーを奪われた。自分の居場所を失った。実家に帰り、グランドとの距離を置いた。それでも母校の高校のグランドに足は向き、フットボールが自分から離れられない存在であることに気づく。そして自問自答する。なぜ日体大でフットボールをしようと思ったのか?
「高校時代の恩師の母校でもある日体大で、自分も高いレベルでプレーしたい。」
初心を思い出す。そして考える。
「今の自分にできることは何なのか」「リーダーとして自分にできることは何なのか」
ふと自分が2年生の時を思い出す。あの時、先輩たちが自分を受け入れてくれたから、自分は気兼ねなくプレーできた。今度はその環境を俺が作ればいい。
ミーティングでは下級生が発言しやすい場を作り、後輩に意見を求めた。自分が与えてもらった環境を、今度は自分が用意する立場になった。大きな変化はなかったかもしれないが、自分にできることはどんどん取り組んだ。
森谷が4年生の秋季リーグ戦。ディフェンスの支柱である森谷抜きで戦うことになる。しかし、後輩たちは伸び伸びプレーし、自身をフィールドで十分に表現していた。後輩の活躍が嬉しい半面、嫉妬した。自分はもうこのチームに必要ないのではないか、と。

<視点の変化>
「フットボールは個人競技ではない。自分がプレーできなくても、補い合い、支え合い、チームとして勝てば良い。普段の人間関係がフィールドに出る。仲間のミスを責めるのではなく、フォローする。誰かのために頑張ろうと思うこと。そういう面白さが団体スポーツの、そしてフットボールの楽しさだと思っている。」
リーダーになって気づいたことで、森谷の視野が広がった。
高校時代は毎日同じフィールドで同じ仲間と練習をしていた。しかし日体大に入学してからは、それよりも広い「人との関わり」が生まれた。合同練習や練習試合、交流戦で他大学や社会人とのネットワークが広がった。そこを通した新たな価値観との出会いから、自身の考え方の変化、他者を受け入れること、そして自分をどう表現するか、その術を体得していく。

「この4年間で、つらいこともあったが、そのおかげで人間として成長ができた。辛いことも受け入れられ、その中でも試行錯誤して前に進み、結果にはつながらなかったが自分ができることはやった。」
チームにとっては望ましくはない入替戦に、自身の大学最後となる出場機会を得た。困難を乗り越えたリーダーは、いつにも増して仲間の信頼を得て輝いていた。覚悟を感じた。卒業後は、社会人チームでプレーすると決めている。
「フットボールのおかげで今の自分がある。フットボールのおかげで自分自身が成長できた。もっとこの競技に恩返しをしたい。この競技がもっと知られて、もっとプレーする人が増えるために、自分にできることをしていきたい。」
この言葉が、彼の4年間の成長を物語っている。

森谷の視座が「自分」から「チーム」へ、そして「社会」へと上がって行く。いつかここに戻りフットボールの普及活動を一緒に行える日を、楽しみに待っている。

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2018年度 卒業生のこれから②

日本体育大学 トライアンファントライオン
第60期

安藤 佳祐Keisuke ANDOU #73
体育学部体育学科競技スポーツ領域 4年生 都立片倉高校出身

<進学という選択>
安藤が高校生だった頃、大学進学を希望していた。「フットボールを続ける」ということも考えていたが、「4年間で何を学べるか」も重要だった。そんな時、日体大の監督が直接声をかけてくれたことがきっかけで進学を考えるようになった。
「例えば経営学などは、自分が学びたいというイメージがあまりできなかった。日体大は体育が専門。自分自身が体育好きだったこと、また高校時代の顧問も日体大を経て教員になっていたこともあり、漠然とではあるが将来をイメージできたのが大きい。」
高校でプレーしていたのはFBとTE(※1)。ボールを持ちたかったのでTEをやりたいと思っていた。しかし入部してみたら高校とは異なる、TEを使わないフォーメーションであることを知り、そこからOL(※2)へ。
高校時代もOLはプレーしていたが、技術的・戦術的指導に細かな指導を受けるのは初めてだった。「日体大にはOLコーチに井澤さん(※3)がいて、一からいろいろ学べて、OLというポジションが面白くなってきた。」

※1「FB(フルバック)とTE(タイトエンド)」:パスをキャッチしたり、ボールを持って前に走ったりする、オフェンスのポジションのこと
※2「OL(オフェンスライン)」:パスを投げる人を守ったり、ボールを持って走る味方を相手から守る役割。前にいる大きい人。基本的にボールに触ることはできない。
※3「OLコーチに井澤さん」:日体大アメリカンフットボール部44期。本学卒業後、社会人実業団でプレーヤーとして活躍。元日本代表選手。https://www.47news.jp/197715.html

<平常心>
ゲームでいかに平常心を保つかを考えていた。練習でできるのは当然、試合でどれだけ結果を出すかが自分達に求められていると感じていた。そのため試合中はもちろんのこと、常日頃から意思疎通を行う事を心がけた。
「サイドラインではプレーヤーと積極的にコミュニケーションを取ると決めていた。そのおかげか、例年以上に会話が増えて意識共有が進んだと思う。選手同士で考えている事を感じながらプレーできた。意思疎通の機会が増え、試合中の情報共有が進み、相手に対応してプレーできた。純粋に楽しかった。」
同じ目的を持つ相手と「思いを共有する」という行動が、安藤を一つ成長させた。

<現役のリーダーへ伝えたいこと>
安藤は2年生から試合に出場した。しかし怪我に悩まされ、3年生の春に再度怪我をしてしまってからはベストパフォーマンスが発揮できないという苦しい2年間が続いた。
4年生になってからはキッキングリーダー(※4)に立候補した。「勝ちたい」その思いが背中を押した。自分自身がパント(※5)を蹴ってきたこともあり、キッキングに対しての理想とする形を思い描いていた。また安藤の理想とするリーダー像は「後輩と同じ目線で関わっていく」というもの。トップダウンは自分には響かなかったからだ。後輩が話しやすい先輩であろうとした。自分らしいリーダーであろうとした。
しかし秋シーズンが始まると、思い描いていたプレーがなかなかできないこともあった。初戦ではキッキングチームでミスが発生。ゲームの流れを変えられてしまった。自分はリーダーとして何をしてきたのか?何を残せたのか?悔しい思いが消えない。そして、後輩にはそんな思いをしないで欲しいと願っている。

※4キッキングリーダー:「攻・守・蹴」の「蹴」をまとめるリーダー。
※5パント:味方のディフェンスチームがプレーしやすいように、相手陣地深くまでボールを蹴り込むこと。

<安藤のこれから>
大学卒業後は人に関わる仕事がしたい、漠然とそう考えていた。3年次に企業が開催するインターンシップに参加したが、民間企業で働くという事に、手応えを掴めずにいた。そして4年次の春、教育実習に行って率直に楽しいと感じた。
「しんどいこともあったが、自分が伝えたことに対してリアクションがあり、人の成長を近くで実感できる仕事に面白みを感じた。」
この春からは、中高一貫校で保健体育教員の非常勤講師として勤務する。そこにはフットボール部があり、教諭として、フットボール部のコーチとして、生徒の近くで成長に携わる機会がある。安藤が生徒と同じ目線で対話し、話を聞いてくれる先生になることは容易に想像できる。
そして最後にこう話してくれた。

「今振り返っても自分の選択は良かったと思う。」

こういう学生を輩出できたことを嬉しく思う。そして安藤のこれからの仕事は、こう話してくれる学生を輩出することだと感じている。きっと安藤先生ならできるだろう。優しさの根っこに困難を乗り越えた強さを持っているから。

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2018年度 卒業生のこれから①

日本体育大学 トライアンファントライオン
第60期主将

鈴木 大輝
Hiroki SUZUKI】 #29
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生 都立三田高校出身

「考えて行動するチーム」

<主将就任>
3年生の時、キッキングチームのリーダーを務めた。リーダーをやるようになって、それまでの物事の考え方や視点が変化した。
「自分が望んでいることを、うまく実行してもらえない。でもそれは相手が悪い訳では無く、自分の伝え方に問題がある。どうしたら伝わるか、それを常に考えていた。」
ここで試行錯誤した経験がその後に活きている。その頃から、チームパフォーマンス向上のために行動・発信していた。「もっとこうした方が良い」という理想があった。それまで得たものを使って主将としてこのチームを強くしたいと感じていた。主将を務めたいと思った。そして周囲の後押しもあり、鈴木は主将となる。

「考えて行動すること」鈴木がこのチームに足りないと感じていることだった。チームのための行動ではなく、「自分が活躍できればいい」という自己のための行動を目にすることもあった。そんな時、気づいたことがあれば話をして伝える。自分の中で「思う」だけでなく、相手に対して「伝える」という行動を起こせば、自分の信念を理解してくれた。
ひとりひとりが主体的に考えて行動できれば、チームはより良くなるという確信がある。
トップダウンでチームを作って行くのは嫌だった。チームメイトと話し合いを重ねて、納得してからスタートを切った。対話を通じてチームを作って行く、ファシリテーター的な存在であること心がけた。

〈「主将」であることと「怪我」〉

3年生の秋、鈴木は肩を負傷した。決して軽いものではなく、手術という選択肢もあった。しかし手術は回避していた。なぜなら手術すればプレーができなくなる。自分はプレーで、行動で示さなければならないと考えていたから。自分をだましてプレーを続けた。そして主将に就任。怪我は相変わらず良くならないが、「できる」と自分に言い聞かせてプレーを続けた。しかし4年生の春、試合中のタックルによって、手術以外の選択肢が無くなった。手術終了後、今自分ができることは何か考えた。秋のリーグ戦開始までに、自分ができることをやろうと思った。1日も早く怪我を治し、プレーを再開すること。そのため必死にリハビリに取り組んだ。防具を着けて動けるまでに回復したが、フットボールの動きをして落胆。全く今までの運動能力に戻らないことに焦っていた。そしてそのままリーグ戦に突入したがタックルすることもままならず、満足いくプレーはできなかった。

「クソキャプテン」といじられる。しかしこの現実を受け入れるしかなかった。

それでもチームに対する思いは変わらない。今自分にできることに取り組む。思うだけではなく、行動に移す。ブレずにやり抜いた。主将になってからは、自分をコントロールする術を身につけた。自分だけを見ていた視点から、自分だけで無く周囲にも細かく目を配るようになっていた。
「怪我してなければいけたのに」と考えることもあったが、無かったことにはできない。今からどれだけ強くなれるかにフォーカスした。主将として、最後まで自分で決めた「自分で考えて行動する」ことを言葉と行動で貫いた。自分の中でやることは明確でシンプルだった。

試合に負けたら、次はどんな取り組みが必要か。
1部リーグ残留を賭けた試合で敗れた。落ち込みと不安を感じた。「もし降格したら、自分の責任だ。」幸い次戦まで5週間あったため、最初の2週間は療養に当てて気持ちを切り替えた。そして最終戦に向けてプレーできる体に仕上げていった。思うように動かなかった体を必死で動かした。手術明けの肩でタックルの練習を続けた。

そして入替戦。絶対に負けられない緊張感の中、フィールドではいつも通りプレーする鈴木がいた。試合を決めるインターセプトで、今までのつらかった思いが報われた気がした。

〈後輩へ残したいこと〉
プレーする以上、弱音は吐けない。でも一人ですべてを抱え込む必要は無い。この日体大の先輩や卒業生に話を聞いてもらうこともできる。先輩は温かく受け入れてくれる。
そして「考えて行動するチーム」であり続けてほしい。続けることで、それが日体大の文化になると思うから。

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2017年度 卒業生のこれから③

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第59期
関根 佑 【Yu SEKINE】 #12

体育学部 社会体育学科 スポーツマネジメント領域 4年生 埼玉栄高校出身

〈飽くなき成長を求めて〉

指定校推薦で日体大へ進学した。大学でもサッカーを続けるか迷っていた。しかし、なんとなくサッカーを続けたとして、4年後成長している自分の姿が全くイメージできなかった。

高校で様々な競技のトップアスリートと出会っていた。彼らに負けない何かを得たい。そんな思いから日体大では新しい競技を始めようと考え始めた。

高校にはアメリカンフットボール部があった。アメフトのボールを蹴らせてもらう機会があったが、そのボールは想像以上に遠い彼方へ飛んでいった。

「できるよ」

周囲の後押しもあり、アメリカンフットボール挑戦が選択肢に入った。入学の際、日体大HPで部活・サークルの情報を見ていた。その中でアメフト部の勧誘ページから、同じ高校の先輩がキッカーというポジションで高いレベルでプレーしている記事を見つけた。

入学後、迷わずアメフト部に足を運んだ。

フットボールにはたくさんのポジションがある。どのポジションが向いているかも分からない中、決して大きくはない体格でできるポジションに挑戦した。その中に高校までフットボール未経験ながらU19に選出されていた4年生がいた。その先輩の取り組み姿勢に大きな影響を受けた。

同時にキッカーというポジションも兼任した。前年度活躍した同じ高校の先輩が卒業し、そのポジションの穴を埋めることになる。キッカーは、常駐でコーチングしてくれる人はいなかった。

自ら学外に教えを乞い、先輩経由でいろいろな人と出会い、学び、求め、吸収していった。もともと自ら率先して動くタイプではないと自覚していた。しかしそうも言っていられない。責任が与えられ、誰も助けることができないポジション。やるしかない。逃げ道がなくなった。

1年生の時はただボールを蹴っているだけだった。しかし様々なキッカーと知り合ううちに自分の中に情報と技術が蓄積された。さらに同じリーグ内のキッカーとの出会いで「負けたくない」というライバル心が芽生えた。ライバルは他チームの上級生。

「2年生の時は早稲田の佐藤さん、中大の市森さんから練習方法を学び、彼らを常に意識していた。」

<己に克つ>

普段の練習は常に自分との戦いだった。彼ら以上の取り組みが自分はできているのか?常に自分に突きつけていた。誰もマネジメントしない中、いくらでも妥協はできる。しかし自分で自分を律し、想像で他チームのライバルを思い描きながら日々の練習に取り組んだ。その姿勢は周りから一目置かれる存在へとなっていく。

 

<個人からチームへ>

4年になって目標を見失った。目指していた他チームの優秀なキッカーが卒業して行く。またボールを出して、置いて、蹴るという流れの中で、全てのコンビネーション、タイミングをゼロから作ることにも苦戦した。

助けてくれたのはチームメイトだった。今まで視点は個人に向いていた。どうやったら上手くなれるか、ライバルに負けないかを常に考えていた。しかし4年生になり個人よりチームの存在の方が大きくなった。同期のこのチームを勝たせたいという「本気」に触れて、自分も変わらなければならない。このメンバーで一緒に勝ちたいという視点に変化して行った。

 

〈成長〉

4年間を通じて、チームの外に出ざるを得ない状況に追い込まれ、自分の居心地の良い場所から出たこと。そこで自ら学び、自分から行動を起こすことの大切さを学んだ。ライバルの存在や、ライバルに勝つために自分に克つこと。その継続で毎日ができていることに気づいた。そんな毎日を過ごして、考えることが「自分」から「チーム」の勝利へと変化していった。

世界で戦う、高校時代の同級生の情報が入ってくる。直接は会わないが、互いに高め合い刺激し合える環境は常にあった。彼らに負けたくない。

そんな環境が、関根を成長させた。入学前の自分が今の自分を想像できただろうか。関東学生アメリカンフットボール連盟リーグ戦のFG(フィールドゴール)通算成功記録を更新。その名を残した。

自分の殻を破れ。外に出ろ!その勇気を持て。踏み出せ。そこに自分を成長させる何かが必ずある。

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第59期副将

ビスカルド一路 【Itiro VIZCARDO】 #58
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生 大阪産業大学附属高校出身

 

〈日体大へ進学、高校との違い〉
高校の恩師が日体大の出身だった。恩師から「日体大で人間性やチャレンジする心を鍛えられた。」と聞いていたこと、保健体育教員免許取得が目標だったことから日体大に進学した。

高校まではチームについて行けば結果が出る環境だった。自分がぼーっとしていても勝てるチームだった。だから自分で考えて行動することが少なかった。

しかし大学は自分で考えなければならない環境だった。日々の行動や選択がひとりひとりの意思に委ねられていた。それに慣れることが難しかった。その環境で勝つことがさらに難しい。考える習慣が今まで無かったことから適応するのが大変だったが、得るものは大きかった。

<発信するということ>
各学年で学年ミーティングが行われる。その中で発信する者と、聴く者がいつも決まっていた。最初は聴く側で、自分の意見を言うことをしなかった。正確に言うと自分の考えがまとまっていなかったので、その状況で発信して否定されるのが怖かった。このままではダメだと思い、考えがまとまっていなくても発信するようにした。

「否定されて凹むこともあったし、言い負かされて悔しい思いもした。それでも自分の意見を発することを心がけた。」

すると徐々に自分の伝えたいことがまとめられるようになってくる。周りを気にせずに発信することができるようになる。上手に伝えることができないから発信しなかった、という理由もあるが、自分の取り組みに自信が持てなかったから発信しづらかったという理由もある。

「今では就職活動でも周りに関係なく、自分が感じたことは発信できるようになった。」

フットボールを通して学んだことが、人生の選択の場面で活かされた瞬間だった。

<自分の考え方とチーム>
2年時、ディフェンスからオフェンスにポジションが変更になる。当初は受け入れ難かったが、自分の気持ちよりもチームを優先させた。

「ディフェンスの動きを理解していたので、ただアサイメントを遂行するだけでなく、相手の動きを想定して、自分なりに考えてプレーすることを心がけた。」

それが面白かった。また相手の動きや、周囲の仲間の動きを理解することで、さらに思い切ったプレーができることを知った。自分がフィールドで楽しむためには思いっきりプレーできる状況を自分で創ることが大切だと気づいた。

3年時、ディフェンスに戻る。ディフェンスのコーチは起こったミスに対して、選手にそのときの意図や考えを聞くアプローチをしてくれた。自分なりに考え、チャレンジしたミスは責めることはしなかった。むしろ何も考えずに起こしたミスに関しては厳しかった。そういうアプローチの中で常に考える癖がついた。

<リーダーとして、考えること>
考えることの大切さや、楽しさを身につけた。リーダーとしてメンバーには同じように自分で考えることを楽しめるようになって欲しいと考えていた。自分から縛ることはあえてしなかった。選択を本人に委ねることを意識した。しかしそれを都合良く捉えた選手も少なくなかった。ミスに対してどう改善するかを考えさせたが、同じミスが減らなかった。理想と現実のギャップに苦しんだ。

4年の春、オープン戦の1試合。コーチが一切関わらず選手だけで全て考えて、試合も選手だけの判断で臨むことになった。コーチが関わらない中で、自分がミーティングを進行し、皆をまとめ、そして必死に戦った。その結果、完封勝利を収めた。嬉しかった。発信する自信がついた。どこかでコーチに頼っていたことにも気づいた。

今、振り返ると前に出る癖がついた。様子見するようなことが少なくなり、反応が速くなった。練習でもまず自分が行く。最初に行くとチャンスが増える。最初に行くことで自分自身が攻める姿勢になる、自分を奮い立たせることを意識していた。機会は全員に同じ数だけあった。それを掴んでいたら、いつのまにかそういう習慣がついていた。

「社会人でもプレーを続ける。レベルの高い環境の中で、自分で考えプレーすることを楽しみたい。」

社会に通じる人格形成をチーム理念に掲げる中、ビスのような成長と変化は嬉しく思う。しかしそれはビス自身がこの4年間チャレンジし続けた結果であり、自分で引き寄せた結果なのである。

チャレンジするあなたを、我々は待っています。

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2017年度 卒業生のこれから①

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第59期主将

松本海大 【Mio MATSUMOTO】#13
体育学部 体育学科 スポーツ教育領域 4年生 千葉日本大学第一高校出身

ちょうど1年前、学年ミーティングで自ら主将になると手を挙げた。勝てるチーム。結果を残せるチーム。「関東一」という目標を掲げ、チームはスタートした。

<リーダーシップとは何か考える>
シーズン当初は久しぶりのフットボール練習で、メンバーからやる気が感じられた。しかし数カ月が立つと自分の発信する言葉が伝わらなくなってくることを感じる。
練習は、必ず自分の言葉から始まる。チーム全員の前に立つとわかったことがあった。前方にいるメンバーの目はやる気に満ちているが、端や後ろにいるメンバーからは感じられなかった。

自分だけでなく、各ポジション、ユニットでリーダーは思いを発信し続けていた。しかしそれを伝播する、端や後ろにいる選手を引き上げることができていなかった。
下級生の立場に立って考えて行動できたら。手を差し伸べるアクションができたら。考えていなくはなかったが、結果的にそれができてなかった。

「チームを引っ張る、厳しさを持つ、緊張感、危機感をもっとチームに浸透させる、ということができなかったと感じている。取り組みが甘かった、足りなかった。」

<主語が「自分」から「チーム」へ変わることへの戸惑い>
3年生までは主語が「自分」で、自分がどうしたいのか?どうしたら自分が相手に勝てるのかを考えていた。しかし4年生になり主語が突然「チーム」になった。常にチームがどうあるべきか、チームを勝たせるにはどうたらよいかと考えるようになる。そこに戸惑いがあった。

仮に、もう一度チームを作るとしたら、全員がリーダー、全員がキャプテンというチームにしたい。4年生や、任命されたリーダーが引っ張ろうとしても、チーム全員が同じ方向を向かなければ意味がないことを知ったから。

「どうしたら勝てるんだろう。」
引退後も仲間と話すこともある。今思うことは、チャンスは平等にあるということ。そのチャンスを掴めるチームになって欲しい。結果が出なかった悔しさは大きい。シーズンの勝利につながらなかったことが悔いに残る。でも少しだけほっとした部分もある。入替戦で勝てたことで最低限の役割は遂行できたのではないかと。

「どうしたら勝てるんだろう。」
この宿題は後輩が引き継ぐと思う。4年生や任命されたリーダーだけがリーダーシップを発揮するのではなく、全員がチームをどうしたいのかを考え、発信・行動できる「全員リーダー」のチームへと変えてくれるだろう。

リーダーとしてのミオは自分のできること、持てる力を出し切ったと感じている。プレーヤーとしてのミオはどうだろうか?社会人としてその続きが用意されている今、次のステージで成長したミオとの出会いを楽しみにしている。

 

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2018.3.10卒業式

2018年3月10日、卒業式が執り行われます。
今年度、トライアンファントライオンから20名が卒業します。

16名が民間企業に就職し、そのうち4名が実業団チームへ。
残る4名も、自身の未来へ向けた準備を着々と進めています。
大学で学んだことを、社会というフィールドで存分に発揮してくれるでしょう。

また弊部では卒業後の進路選択に関わる支援も行っています。
→→TL_PICKUP
チームフィロソフィーに掲げている「社会人で通用する人格を形成する」という理念。
新入生のみなさんも、我々と4年後の自分をつくりあげませんか?

挑戦しようとする熱いあなたを、我々は待っています。

 

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新入生GAME!

6月18日(日)早稲田大学と以下の特別ルールで新入生GAMEを行いました。
●双方、大学からアメフトを始めた選手を中心にメンバーを構成。

 ●双方、同じPLAY BOOKを使用し、限定されたPLAYを使用。

この日の為に、上級生は約1ヶ月、1年生のために指導役に徹し、試合ができる状態にまで持って行きました。

雨の中難しい試合となりましたが、最後までひとりひとりが諦めず勝利を目指して、経験者の多い早稲田大学に挑みました。

0-18での敗戦となりましたが、この敗戦を糧に体作り、スキルの習得、知識の向上に努めてくれるでしょう。

フットボールを始めて1ヶ月とは思えない非凡なPLAYが見られました。

やはり、試合で伸びますね。

1年生の潜在能力を目の当たりにして、上級生も刺激を受けたのではないでしょうか?

 新入生にとっても、チームにとっても、良い経験が積めました。

一人でも多くの新入生が秋のリーグ戦に出場できるよう、しっかり練習を重ねていきたいと思います。

 来年もこのような機会を創りたいと考えています。

この記事を見ているあなたも、大学から「アメリカンフットボール」をやってみませんか?

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